経営とは、未来の「不足」を想像することから始まる。
先日、ある大手企業のトップとして経営の最前線に立たれてきた方の講義を通じて、その言葉が静かに心に残った。
「経営者は、将来、何が不足するかを考えなければならない。」
数字でも理論でもなく、人の意志や洞察から生まれる“経営の本質”を捉えるような一言だった。
私たちはつい、“今あるものをどう活かすか”を考えがちだ。
それはエフェクチュエーションの考え方にも通じる。
けれど、本当に必要なのは、「これから足りなくなるもの」に目を向ける視点なのかもしれない。
変革の裏にある「不足を読む力」
講義で語られたのは、企業変革のリアルだった。
巨額の損失を抱えた企業が再生し、新たな価値を生み出すまでの軌跡。
そこにあったのは、単なる効率化でもコスト削減でもない。
「次の時代に、何が求められるのか」を冷静に見極める、洞察の力だった。
「これから経営を担う人ほど、“近い将来、何がなくなるのか? 何が不足するのか?”という視点を持つべきだ。」
その発想が、事業の再定義を促し、組織を変え、やがて投資家との信頼を育んでいった。
大企業の歴史や慣習を乗り越え、未来へ舵を切ることは、発想や能力だけでは到底できない。
変革とは、欠乏をリスクとして恐れるのではなく、欠乏を希望として見据える行為なのだと思う。
たとえば、情報の量より「解釈の質」。
スキルの多さより「感性の深さ」。
これらこそ、これからの時代に不足していくものかもしれない。
MBAでの学びと“未来の不足”
MBAで学ぶファイナンスや経営戦略では、数値やモデル、フレームワークを駆使して理解を深めていく。
けれど、講義を通して改めて感じたのは、その数字の向こうにある“意志”だった。
財務三表は、企業の過去を語る。
しかし、経営者が描くのは、まだ誰も見たことのない“未来の地図”だ。
「何に投資するか」よりも、「社会が何を失い、何を求めようとしているか」。
その問いこそが、経営の本質を照らしている。
そしてこの考え方は、学び直しを続ける私たち個人にもそのまま当てはまる。
個人に引き寄せて考える「不足の発想」
キャリアを考えるとき、人は“できること”を増やそうとする。
けれど、本当に大切なのは、
「これから何が足りなくなるか。」
「何を求められるようになるか。」
を想像することだ。
たとえば――
情報があふれる時代には、「洞察」が足りなくなる。
AIが進化する時代には、「人間らしさ」が足りなくなる。
変化の速い時代には、「続ける力」が足りなくなる。
だからこそ、私たちは“不足”を見つめる練習をしていきたい。
Renoメソッドの3ステップで言えば、
1️⃣ Observe(観察):時代の変化や兆しを拾う
2️⃣ Hypothesize(仮説):何が足りなくなるのかを想像する
3️⃣ Act(行動):小さな一歩を試してみる
未来をつくる人は、きっと“不足”を希望として見ることができる人なのだと思う。
私自身もこの文章を書きながら、まだ完全には理解できていない。
それでも、不足を恐れず見つめることが、学びの出発点になるように感じている。
まとめ:欠乏を見つめる勇気
未来は、“足りないもの”から始まる。
それを見つめることは、不安ではなく勇気の行為だ。
変革を導くリーダーも、日々を進み続ける学び手も、
「欠けているものの中に可能性を見る」という共通点を持っている。
学びとは、満たすことではなく、見えない欠片を探す旅。
今日の不足を、明日の希望に変えていくこと。
それが、私にとっての Renoメソッド であり、学び続ける意味なのだと思う。



